MAE PEOPLE

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インタビュー対談_#01

“薬”がいらない世界のための、前田薬品工業の「新陳代謝」

Daisuke Maeda
聞き手:高木新平(株式会社ニューピース代表取締役CEO、クリエイティブ・ディレクター)

60年以上にわたって薬を作り続けてきた富山の老舗製薬会社・前田薬品工業。しかし、近年はアロマやハーブを活かしたプロダクトの販売や、ホテルやサウナといった場所づくりまで、あらゆる事業にチャレンジしている。2025年の4月からは会社名を「MAE」に改め、Webサイトやロゴも一新。「人と社会に新陳代謝を」というミッションを掲げ、新たなステージへと踏み出そうとしているらしい。

 

——製薬会社が「新陳代謝」? しかも、薬じゃなくてアロマやハーブ? いったい何を考えているんだろう?

 

そんな疑問を抱えながら、MAEの代表・前田大介に話を聞いてみた。ナビゲーターは、MAEのリブランディングを手がけたクリエイティブディレクター・高木新平さん。次々に新しい仕掛けを生み出す前田の頭の中を紐解いていく。

前田大介 / 株式会社MAE 代表取締役社長、株式会社GEN風景代表取締役社長
アロマブランド「Taroma」。前田の実体験から生まれた最初のプロダクトの一つ。富山県産の植物を立山連峰の湧水で蒸留したものが使われている

会社も、生まれ変わる時がある

「富山って面白くて、ピンチをチャンスに変える企業がけっこうあるんですよね。特に、代替わりのタイミングで大きく舵を切る会社が多い印象です。」

 

そう話すのは、高木新平さん。さまざまな企業や地域のビジョン開発に携わる彼の目から見ても、特に、伝統ある企業には独特のダイナミズムがあるらしい。

 

「最近、ただの機能性だけじゃなくて、体験価値を重視する流れが強まっています。下請け型のビジネスから、地域独自の価値をグローバルに発信するプレイヤーが増えている。すごく面白いですよね。」

 

その「面白いプレイヤー」のひとつが、MAE。しかし、ここに至るまでの道のりは平坦なものではなかった。3代目社長として前田が最初に直面したのは、倒産寸前の経営危機。そこから3年で会社を立て直したが、その過程で自身も過労で倒れ、1週間寝たきりになってしまった。

 

そのとき出会ったのが、アロマとハーブだった。

 

「必死に会社を立て直そうとしていた時期に体調を崩してしまって。そのとき、たまたまアロマとハーブに出会ったんです。最初は、まあリラックスできればいいかな、くらいの気持ちだったんですけど、そこから思いがけない発見がありました。」

 

前田は、アロマオイルがヨーロッパでは医薬品として扱われていることを知る。実際に現場を見たくなり、パリへ飛んだ。そして、薬剤師が処方するアロマの文化や、古代ギリシャ時代からハーブが治療に使われていた歴史に触れ、「これって、製薬の視点から見てもめちゃくちゃ面白いぞ」と気づく。

 

「薬じゃなくても、人は健康になれる。だったら、富山の製薬会社が『薬以外のもの』で健康を支えたっていいんじゃないか——」

 

この気づきが、会社の大きな転換点になった。

 

そこから、地域のハーブやアロマを活かしたプロダクトを手がけるようになり、ついには「Healthian-wood(ヘルジアンウッド)」という複合施設をつくることに。しかも、目指す未来は「薬がいらない社会」。製薬会社のビジョンとしては一見すると矛盾しているようにも見えるが、それこそがMAE流の新陳代謝だった。

「Optimal Health & Beauty」を掲げるヘルジアンウッド。立山連峰の雄大な景色と富山湾を望むこの地で、里山の自然と調和し、地域の知性や美意識が息づく空間を目指している。
“前田薬品工業”から“MAE”へ

「前田薬品工業」から「MAE」になったのは、ある意味、流れの必然だったのかもしれない。高木さんは当初、単なるウェブサイトのリニューアルの相談を受けたという。

 

「話を聞いていくと、もはや「薬品工業」って枠に収まりきらない会社になってるなって。むしろ、もっと広い視点で人の健康を考えられる存在になれるんじゃないかって思ったんです。」

 

前田自身も、変革の必要性を強く感じていた。

 

「『前田』っていう名前には、祖父から父へ、そして僕へと受け継がれてきた歴史があります。でも、企業も生き物みたいなもので、ずっと同じままではいられない。新しい血を入れて、新陳代謝していくことが必要だと感じたんです。」

 

今回のMAEへの生まれ変わりは、単なる名称変更ではない。それは、長年培ってきた製薬の知見を活かしながら、もっと広い視点で人々の健康に関わっていこうという、新たな挑戦の象徴なのだ。

高木新平 / 株式会社ニューピース代表取締役CEO、クリエイティブ・ディレクター

人も企業も、変わることで前へ進める

MAEが立山町に手がけた「ヘルジアンウッド」は、富山の自然と文化を体験できる、なんともユニークな場所。立山連峰を望む高台の田んぼの周りには、レストランやスパ、地中に佇むサウナなどが点在している。富山ならではの海と山の近さを活かして、訪れる人々にここでしか味わえない体験を提供している。

 

「富山には、もともと素晴らしい自然があるんです。でも、今まではそれをうまく活かしきれていなかった」と前田は言う。そこで着目したのが、体調を崩した時に出会ったハーブとアロマだ。研究と試行錯誤を重ねながら、独自の製品やサービスを展開し、ついにはヘルジアンウッドという場所をつくることに。大切にしたのは、地域の自然をただ消費するのではなく、文化として根付かせることだった。

 

「最初は『富山の薬を世界に広めたい』という思いで活動していたんです。県の薬用チームの一員として海外の商談に参加して、ヨーロッパや東南アジアなど、4〜5年で30カ国以上を巡りました。」

 

その中でも特に印象に残ったのが、スペインのサンセバスチャンだった。前田の目には、海と山の近さや高低差のある地形が、富山とそっくりに映ったという。

 

「この自然の魅力を活かせば、世界中から人を呼べるんじゃないか?」

そう考え、富山県内を200カ所以上巡り、象徴的な風景が揃う場所を探した。そして、たどり着いたのが立山町。今のヘルジアンウッドの地だ。

 

「最初から『ヘルジアンウッドを作ろう』と決めていたわけじゃないんです。海外での経験を通じて富山の可能性に気づいて、少しずつ形になっていった感じですね。」

 

アロマとハーブから始まったMAEの事業は、やがてリラクゼーションや健康増進へと広がり、今ではホテルやサウナといった新たなフィールドにも挑戦している。

 

「“経済”よりも先に“文化”を追いかける。そんな姿勢がMAEの変化を支えてきたんじゃないかと思います」そう話すのは、高木さん。

 

「たとえば、夜に踊る人がいるからナイトクラブが生まれるみたいに、カルチャーが先にあって、ビジネスは後からついてくるものなんです。この考え方がないと、長続きするビジネスは難しい。でも、地方には豊かな自然があって、コストの制約も少ない。だからこそ、時間をかけた挑戦ができるんですよね。」

 

前田も、最初からビジネスとして考えていたわけじゃない。自分の経験や興味を深めていくうちに、新しい価値観やライフスタイルが生まれ、それが新しい事業につながっていった。それが、立山町にも新たな息吹をもたらしたのだ。

 

今回のリブランディングのテーマである「新陳代謝」も、ただ企業が変わるということではなく、一人ひとりが新しい価値を感じ、それを商品やサービスに落とし込むことで次々と連鎖していくという考え方だ。その結果、地域やコミュニティが形成され、最終的には経済にもつながっていく。今、それが確かに形になりつつある。

 

「経営が苦しい時期もありました。でも、そんな時こそ“文化”を大事にしようって決めました。短期的な利益じゃなくて、長い目で見て価値が続くものをつくりたかったんです」と前田は言う。

 

この姿勢が、ヘルジアンウッドの運営を通じて、地域とつながるビジネスモデルを生み出した。富山の自然資源を活かし、訪れる人々にその価値を体験してもらう場をつくる。こうした新しいプロジェクトの背景には、偶然の出会いの連続があったという。

 

「たまたまハーブやアロマに出会って、桝田隆一郎さんや隈研吾さんといった人たちとも出会えた。そうした外からの影響を受けながら、興味を持ったことにとにかく没頭してきました。気がついたら、今の景色やつながりが広がっていたんですよね。」

 

キャリア論の世界には、「Planned Happenstance(計画的偶発性)」という言葉がある。人生の8割は偶然の出来事で決まる、という考え方だ。高木さんは、前田の姿勢を「自ら未知の出会いに飛び込んでいる」と表現する。その行動こそが、MAEが新たな価値を生み出し続ける原動力になっているのだ。

 

偶然をただの偶然として流すのではなく、積極的に取りにいく姿勢。それが企業の新陳代謝を促す。前田は「人生はハプニングの連続だった」と言うが、その言葉の裏には、予測外の出来事を柔軟に受け入れ、それを自分の事業につなげていくという哲学がある。

 

このアプローチが、製薬事業の枠を超え、地域や人とのつながりを深め、新たな事業の可能性を広げていく。偶然を必然へと変える。その柔軟な姿勢こそが、MAEの強みであり、未来を切り拓く力になっている。

新陳代謝が育む、新しい経済のかたち

企業が成長し続けるためには、変化を恐れず、新しい価値を生み出し続けることが不可欠だ。では、その変化をどう捉え、どう推進していけばよいのか?MAEのリブランディングを手がけた高木さんは、その答えを「新陳代謝」という言葉に見出した。

 

「日本の老舗企業の歴史を振り返ると、大きな転換点が何度も訪れています。それは単なる事業転換じゃなくて、時代の流れを読みとり、自らを進化させる力。つまり、企業にとっての『新陳代謝』なんです。」

この「新陳代謝」というキーワードは、前田との対話の中から自然と浮かび上がってきたらしい。

「前田さんと対話を重ねるうちに、“製薬”と“その他の事業”をつなぐ共通の概念が必要だなって感じたんです。製薬は人の健康を支え、回復のプロセスを生み出す。それって、元気がなくなった地域を活性化させることとも似ていますよね。そこから『新陳代謝』という言葉が浮かんだんです。生物が生き続けるために不可欠なこのプロセスは、企業にも当てはまるんじゃないかって。」

 

前田にとって、「新陳代謝」は単なる概念ではなく、経営のあり方そのものを示す指針となった。

 

「以前は会社の方向性を二者択一で考えていた前田さんが、次第に第三、第四の選択肢を積極的に取り入れる姿勢に変わっていった。それは経営者としての器の広さであり、しなやかさでもあるんです。」

 

高木さんは、そんな前田の経営姿勢に可能性を見出した。

 

「だからこそ、より大きなビジョンを掲げることで、さらなる可能性が拓けると確信しました。前田さんには、新しい価値を取り込み、新しい仲間を巻き込んでいく力がある。その力があれば、さらに大きな未来を描けるはずです。」

 

企業の新陳代謝とは、単なる組織改革や事業転換ではない。それは、時代や環境の変化を受け入れながら、自らを変化させ続ける力。その考え方こそが、前田薬品工業が「MAE」へと生まれ変わるプロセスの本質でもあった。

 

「伝統を守ることと変革を起こすことは、一見相反するように見えます。でも、祖父が築いたものへのリスペクトがあるからこそ、次の時代に向けた変化も必要だと考えました。会社のDNAを受け継ぎながら、新しい遺伝子を取り込んでいく。まさに、企業としての新陳代謝です」と前田は語る。

 

新陳代謝という考え方は、企業内部の変革にとどまらない。地域や社会全体へと波及し、新しい価値の連鎖を生み出していく。企業が健全な新陳代謝を続けることで、文化が育まれ、そこから新しい経済的価値が生まれる——。

 

MAEの挑戦は、その可能性を体現している。

新陳代謝で変わる、富山の未来

富山の地で、MAEは新しい価値を生み出し続けている。製薬を基盤にしながら、ヘルジアンウッドやアロマ事業、宿泊施設の運営へと活動の幅を着実に広げてきた。でも、これは単なる事業の多角化ではない。それぞれが富山の魅力を引き出し、地域に新しい風を吹き込んでいる。

 

たとえば、アロマ事業では、富山の大地で育った花や葉からエッセンシャルオイルを抽出し、地域資源の新しい可能性を探っている。宿泊施設では、立山連峰と富山湾を一望できるロケーションを活かし、レストランでは富山の恵みを味わうコース料理を提供。ここを訪れた人が、富山の豊かさを五感で感じられるような体験を届けている。

 

「富山って、標高3,000メートル級の立山連峰をはじめとした北アルプスと、水深1,000メートルの富山湾が、わずか56キロ圏内に共存しているんです。こんなダイナミックな地形は、世界的にも珍しい。だからこそ、この土地の可能性を最大限に引き出して、新しい体験価値を生み出し、世界に発信していくことが僕たちの役割だと思っています。」

 

「経験と自信の間には勇気がある」

 

前田は、製薬会社から大きく事業を広げる決断をした当時を振り返り、こう語る。その背景には、家族から受け継いだ価値観が深く根付いていた。塾講師だった両親は、試験終了後や合格発表の時に、生徒たちを驚かせたり、喜ばせたりする工夫を欠かさなかった。観光業を営んでいた祖父も、たとえ一度きりの出会いであっても、相手の心に残る体験を提供することに力を注いでいた。

 

だからこそ、新しい事業への挑戦も、「人を喜ばせること」から始まった。でも、最初は社内から「無謀だ」と言われたという。

 

「社内は敵ばかりでした。でも、社外には『いいじゃん』と言ってくれる人たちがいたんです。一線で活躍する人たちが応援してくれたおかげで、少しずつ社内にも理解者が増えていったんですよね。」

 

この経験こそが、MAEが進める新陳代謝の本質を表している。経営戦略ありきではなく、一人ひとりの「やってみよう」という勇気が、会社を動かしてきたのだ。

 

「企業や地域が新陳代謝を続けることが、未来の成長につながる」と前田は考える。では、新陳代謝が根付いた社会って、どんな社会だと想像するのだろう?

 

この問いに、前田は「新陳代謝が根付くことで人々が自信を取り戻せる社会」と答える。新陳代謝を通じた長期的な社会変革のビジョンの核心にあるのは、「経験」と「自信」の関係性だ。新しいことに挑戦する時、最初から自信がある人なんてほとんどいない。でも、小さな経験を積み重ねていくことで、少しずつ自身がついていく。そのサイクルが社会全体に広がることで、新陳代謝はもっと活発になっていく。

 

高木さんも、新陳代謝の重要性についてこう語る。

 

「富山、製薬業界、そして3代目企業にとって、新しいロールモデルが必要です。事業継承や大企業の変革は避けられないテーマですし、新陳代謝によって事業の幅を広げて、時代に合わせて進化できる企業こそが、これからの成長の鍵を握るはずです。」

 

前田はさらに、その視野を日本全体へと広げている。

 

「これからの企業は、M&Aでただ規模を拡大するのではなく、新陳代謝を前提に統合していくべきなんです。日本には100年以上続く企業がたくさんあるけれど、革新がなければ生き残れない。欧米の金融モデルが行き詰まる中で、日本企業の新陳代謝には、世界が学ぶべき点があると思います。」

 

「新陳代謝が根付いた社会とは、ただの“サステナブル”とは違う」と前田は言う。

 

欧米のやり方をそのまま真似るのではなく、日本ならではの価値観を活かした独自の経営を実践する社会。かつてトヨタの「改善」という考え方が世界に広がったように、「生きがい」という言葉が英語でも使われるようになったように、日本発の新陳代謝の考え方も、世界に影響を与えられるかもしれない。

 

前田と高木さんの対話から浮かび上がるのは、単なる事業の成功を超えた、新しい価値の転換だ。

 

お金第一主義から、リアルな価値へ。

工業的なものづくりから、場の可能性へ。

そして、停滞した事業承継を、もう一度循環させること。

 

企業だけじゃなく、社会全体が新陳代謝を起こすことで、経済も健全に回っていく。

 

富山という土地を舞台に、MAEの挑戦は続いていく。

それは、地域の価値を再発見し、世界へとつなげていく、長い旅のはじまりなのだ。

前田大介

株式会社MAE 代表取締役 

1979年富山県生まれ。富山で英数塾を経営する父と母のもとで山裾や海辺の田舎町や村で育つ。前田薬品工業株式会社3代目代表取締役社長、株式会社GEN風景代表取締役社長。ジェネリック医薬品の外用剤をはじめ、塗り薬の技術を活かしたスキンケア化粧品の開発も手掛け、オリジナルのアロマ製品の開発・販売も行っている。2020年3月には富山県立山町にハーブの抽出工房やレストランを備えた「Healthian-wood(ヘルジアンウッド)」をオープンさせ、世界一美しい村づくりを目指す。将来の夢は、海外でおでんと日本酒の小さなバーを営むこと。

聞き手:高木新平(株式会社ニューピース代表取締役CEO、クリエイティブ・ディレクター)

1987年富山県出身。早稲田大学を卒業後、(株)博報堂に入社。2014年独立、NEWPEACEを創業。従来のブランディングに対し、未来の価値観や市場をつくる「ビジョニング」を提唱。様々な企業や地域のブランド開発に携わる。2021年より地元富山県の成長戦略会議委員、クリエイティブディレクターとして変革の一端を担う。その他、(株)ワンキャリア社外取締役。三児の父親。